広沢寺のソテツ(唐津市鎮西町)

  • 広沢寺のソテツ(唐津市鎮西町)

朝鮮出兵の野望を胸に名護屋に赴いた秀吉は、松浦一の美女と誉れ高い名護屋越前守の妹・広子を側室に迎え、山里丸とよばれる名護屋城の一角に住まわせました。このとき広子は20歳、名を広沢局と改めています。秀吉は寵愛する広沢局のため、慶長2年(1597年)この地に「広沢寺」と命名した寺を建立。寺の石段は、秀吉に可愛がられた刀の鞘づくりの名人・曽呂利新左衛門の設計によるものとか。寺に残る樹齢400年の大ソテツ(国の天然記念物)は、秀吉が手植えしたものと伝えられています。しかし、寺を建立した翌年に兄夫婦が急逝、同年8月15日には秀吉もこの世を去ります。悲しみのどん底に突き落とされた広沢局は仏門に入り、「妙廣禅尼」として64歳で亡くなるまで主君・秀吉、兄夫婦、朝鮮の役の戦没者の菩提を弔いました。寺の片隅には、広沢局のお墓がひっそりと建っています。

場所/佐賀県唐津市鎮西町名護屋3673
駐車場/あり 60台 名護屋城跡(大手門)駐車場/無料
       90台 多目的広場 茶苑「海月」下/無料
       50台 桃山天下市/無料
アクセス/車:長崎自動車道多久I.Cより車で60分
JR:JR唐津線・筑肥線唐津駅下車。大手口バスセンターより波戸岬行き乗車、名護屋城博物館入口バス停下車徒歩15分
問/唐津市鎮西市民センター TEL 0955-53-7155
WEB/http://www.city.karatsu.lg.jp/manabee/kyoiku/kyoiku/inkai/bunkazai/bunkazaihogo/koutakujinosotetu.html

ここもオススメ

Tweet