世界文化遺産に匹敵 300年の歴史を誇る佐賀の和紙

世界文化遺産に匹敵 300年の歴史を誇る佐賀の和紙

2014年、日本の和紙がユネスコ世界無形文化遺産に登録されました。ここ佐賀にも300年以上続く手すき和紙があります。引きが強く、障子や提灯に使われてきました。今も手作業でつくる「名尾和紙」(佐賀市)と、一度すたれたものの地元有志で復活された「鍋野和紙」(嬉野市)を紹介します。

※この情報は2015年3月時点のものです。

山あいの肥前名尾和紙(佐賀市大和町)

100軒以上の工房が今は1軒に

 佐賀市中心部から北部へ車で約40分。名尾和紙の工房は静かな山里にあります。この地に紙すきの技法が伝わったのは、今から300年以上前の元禄12(1699)年。田畑が少なく農業の生産性が低かったため、村の一人が紙すきの盛んだった福岡県八女市周辺で修行し、村へ帰って紙すきの技を伝えたからだといわれています。
 和紙の原料である梶(かじ)や紙すきに欠かせない水に恵まれたこの地は和紙づくりに最適で、その地名から「名尾和紙」と呼ばれて全国に流通しました。昭和初期まで100以上の工房が軒を連ねていましたが、時代の変遷とともに減少し、今では谷口祐次郎さんの工房1軒となっています。


佐賀市三瀬村との境にある、佐賀県重要無形文化財「肥前名尾和紙」。明治9(1876)年創業以来、山あいの小さな工房で紙すきを続けています。


伝統を受け継ぎながら新しい技に挑戦する6代目谷口祐次郎さん。色付きの和紙がなかった20数年前、ピンク色をすいて「恥ずかしくてたまらなかった」とか。


跡継ぎの息子さんも工房奥で修行中。祐次郎さんが手取り足取り教えることはないという。「体型、体力が違うから自分で身につけるしかない」そうです。

名尾和紙の繊維の強さは日本一!?

 和紙の原料は楮(こうぞ)というクワ科の木が有名ですが、ここ名尾和紙は同じクワ科の梶という木を使っています。梶は楮の原木です。近年、パルプ紙が登場すると、多くの和紙工房で細くて繊細な繊維を持つ楮が広く使われるようになりましたが、名尾和紙では昔と変わらず、梶を使います。
 この繊維は太くて強いのが特徴。それを生かして、名尾和紙は昔から提灯や和傘に使われてきました。今も「博多山笠」や「唐津くんち」、長崎の「精霊流し」などに使われ、全国から注文が入ります。


和紙を貼った後に家紋や文字を描く提灯にとって、紙の強さは必須条件。繊維の強い名尾和紙は、提灯にもってこいの和紙なのです。


防水効果のある柿渋を塗った「名尾和紙」は和傘にも用いられてきました。色の綺麗な写真の傘は日傘用。今ではつくる人の少なくなった貴重な品です。


梶の皮を砕いて紙すきの原料にします。こうして拡大してみると、繊維の太さがよくわかります。まるで綿花のようですね。

グラム単位で和紙の厚さを変える技

 和紙づくりを行うのは1年のうち10か月。名尾地区では昔から11月~12月に干し柿づくりを行い、今もその風習が残ります。そのため、和紙づくりはお休み。谷口家も一家で干し柿をつくるといいます。それが終われば、原料をつくって紙すきのスタートです。
 和紙づくりでは今も匁(もんめ)という単位(1匁は3.75g)が用いられます。用途や使い手の好みによって紙の厚さは異なり、谷口さんは「3匁」「4匁」という注文に応じて紙をすきます。中には「3.5匁」と1g単位の注文もありますが、そこは長年の勘。狂いなく仕上げています。


和紙の原料となる梶。干し柿づくりの終わる1月~2月が原料づくりの期間です。1年分の原料となる梶の木を切り、大釜で蒸して木の皮をむきます。


水につけた後、煮て柔らかくし、繊維をほぐしてすき舟と呼ばれる水槽に。トロロアオイという植物から取り出したねり(糊のようなもの)と水を調合します。


これが紙すきの道具。桁(けた)に竹ひごで作られた簀(す)を置き、すき舟に浸して原料をすくい、上下左右にゆすって厚さを均等にしていきます。


冬の水は冷たく作業は大変。だからと言って夏は水がにごるため、こまめに交換します。「紙は生き物」なので、すき舟の状態を一定に保つことが大切です。


紙の用途に合わせて水などの配合を変えるのだとか。この日は小ぶりな桁で卒業証書をすいていました。光にかざせば、校章が浮かび上がる仕かけです。


紙をすいたら、台の上に広げて水を切ります。紙すきを終えた夕方、ジャッキ式の機械に紙を置き、1日かけてゆっくり水を切っていきます。


水を切った後、乾かします。昔は天日に干しましたが、天候の安定しない今は蒸気乾燥。刷毛で一枚一枚しわを伸ばして乾かします。


乾燥させてできあがり。繊維の絡まりを利用してつくったレースのような和紙。繊維同士をうまく絡めないと一枚の和紙にならず、技術を要します。


原料に色を混ぜてカラフルに仕上げたり、金糸を混ぜて豪華にしたり。用途に合わせて原料を変え、さまざまな和紙をつくっています。

新しいチャレンジに腕が鳴る

 10年前に比べ、提灯づくりは激減しました。しかし、一方で新たな要望も生まれています。その一つが立体的なランプです。月や動物をかたどったランプは一枚の紙でできたもの。竹ひごの土台にちぎり絵のように紙をちぎって貼り付けたのかと思ったら、そうではなく、継ぎ目のない一枚の紙なのです。CGでつくった完成図をもとに原料の配合やすき方を考え、何度も挑戦して完成しました。「難しいけれど、やりがいがある」と、谷口さんは言います。次のチャレンジは、真ん丸の球体。これまでの概念や常識に当てはまらない、新しい和紙づくりが始まっています。


名尾和紙は、提灯のほかに行灯(あんどん)にも多く使われました。今は「ランプシェード」というスタイルに変わり、人気商品の一つです。


「一枚の紙で立体にできないか」と相談されてつくった品。土台に和紙をちぎって貼っているのではなく、月も動物も一枚の和紙。継ぎ目はなく中は空洞です。


幾何学的な模様のランプ。提灯をつくってきた技が生きた品といえるでしょう。造形作家のようですが、本人は「紙すき職人で作家ではない」そうです。


便箋、ハガキ、名刺とバリエーション豊富。昔は色のついた和紙は少なかったのですが、染料が増えて赤、黄、青とカラフルな和紙が揃うようになりました。


ススキの穂やモミジの葉などを紙と一緒にすきこみ、季節感を表現した新しい和紙。壁かけや窓飾り、ランプシェード用に人気があります。


地酒や小城羊羹のラベル、小中学校等の卒業証書、温泉旅館のふすまや障子など、佐賀県内の各所で名尾和紙に触れることができます。


佐賀県内には、満1歳の誕生日を迎えた赤ちゃんにわらじを履かせて歩かせる行事があります。わらじの代わりに紙で靴をつくりました。


こちらは大人用の靴。フェルトでつくったように見えますね。これも和紙なのです。今後、和紙がどんな品に生まれ変わるか、楽しみですね。


紙すき工房の隣に、商品を展示販売する展示館を併設しています。グループは紙すき体験も受け付けます(事前予約)。ご相談ください。

■DATA
肥前名尾和紙
○住所:佐賀市大和町名尾4754
○時間:9:00~17:00
○休み:不定
交通:JR/JR佐賀駅から車で約40分。車/長崎自動車道・佐賀大和インターから約20分
○お問合せ:TEL0952‐63‐0334

地元有志の手で復活した鍋野手漉和紙(嬉野市塩田町)

日曜日に実演&紙すき体験

 その昔、石工が多く、職人のまちとして知られる嬉野市塩田町。塩田川の清らかな水に恵まれたこのまちでも手すき和紙づくりが行われました。江戸時代、名尾地区で修行した人がまちでその技を伝え、農家の副業として鍋野地区を中心に紙すきが広まります。大正時代初期には鍋野地区の8割の家が紙すきをし、年に3万余貫(1貫は3.75㎏)を塩田港から長崎方面へ積みだしたといいます。
 「鍋野和紙」もひきが強く、障子や傘、提灯の紙に使われましたが、昭和時代、洋紙の普及とともに需要は減少していきます。昭和55(1980)年、最後の職人が紙すきをやめ、とうとう「鍋野和紙」は途絶えてしまいました。
 しかし、平成12(2000)年、「地域の伝統産業を復活させよう」を合言葉に嬉野市商工会(当時は塩田町商工会)と地元有志等が手すき和紙を復活。現在、工房をつくって毎週日曜日に実演や紙すき体験を行っています。


嬉野市商工会と地元有志等でつくった「鍋野手漉和紙工房」。毎週日曜日に手すき和紙体験を行っています。希望者は事前に予約してください。


1月に楮(こうぞ)を切り、皮をむいて原料づくりを行います。これも「収穫体験」として参加希望者を受け入れています。


鍋野地区の遊休農地では原料の楮を栽培し、育成しています。刈り取った楮を蒸した後、樹皮をむいて紙すきの材料にします。

■DATA
伝統工芸 鍋野手漉(てすき)和紙
○住所:嬉野市塩田町馬場下乙2176-1(嬉野市商工会内)
○時間:毎週日曜日 10:00~16:00
○交通:JR/JR武雄温泉駅、又は肥前鹿島駅から車で約25分。車/長崎自動車道・武雄北方インターから車で約20分、又は嬉野インターから車で約15分
○お問合せ:鍋野手漉和紙保存会TEL0954-66-2555(嬉野市商工会内)

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