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今月のココイコ!


“甘〜い”しあわせ探しの旅 佐賀・シュガーロードをいく

 佐賀は全国に名だたるお菓子の王国。なぜなら、江戸時代、異国の地から砂糖やお菓子を運ぶ「砂糖街道」があったから…。今回は、「シュガーロード」と呼ばれる長崎街道沿いのまちを訪ね、そこに生まれた多彩なお菓子を紹介します。

 まずは「シュガーロード検定」にチャレンジ!何問できるかな?
「シュガーロード検定・初級」(「活気会」主催・2005年実施の問題より抜粋)

Q1 佐賀県のお菓子の消費量は九州で一番です
(1)はい (2)いいえ

Q2 以下に示す製菓メーカーのうち、創業者が佐賀県出身であるものは、いくつありますか?
江崎グリコ・カルビー・明治製菓・森永製菓・ロッテ
(1)1つ (2)2つ (3)3つ

Q3 お菓子「グリコ」の名称の由来は、グリコーゲンですが、その商品化のキッカケはある物質に含まれているグリコーゲンに着目したことです。その物質はなに?
(1) 牛レバー (2)タコ (3)牡蠣

Q4 マルボーロの原料は、卵・粉・(  )です
  <ヒント!「佐賀市」ページ参照>
(1)バター (2)砂糖

Q5 「ようかん」はもともとある食べ物が起源といわれています。それはなに?
  <ヒント!「小城」ページ参照>
(1)ぜんざい (2)砂糖 (3)羊の肉のスープ

Q6 塩田の菓子「逸口香(いっこっこう)」の内部には、なにが詰められているか?
  <ヒント!「塩田」ページ参照>
(1)空洞 (2)羊羹 (3)卵の黄身を使った餡

※回答はページの最後をご覧ください。


シュガーロードってなあに?

 江戸時代、海外との唯一の窓口であった長崎に通じる「長崎街道」では、さまざまな人や情報が行き交いました。スペイン・ポルトガル・中国から渡ってきた「砂糖」や「南蛮菓子」も、この街道を通して全国に広まりました。特に佐賀は13の宿場があると同時に、佐賀鍋島藩が長崎の警固役を務めていたため、当時貴重だった砂糖が潤沢に手に入ったそうです。こうして佐賀に、名物菓子がたくさん生まれたのです。
 現代、この長崎街道を「シュガーロード」と命名。佐賀のNPO法人「活気会」が様々なイベントや情報発信を企画するなど、シュガーロードをキッカケにしたまちづくりが盛んです。

(参考資料)「肥前の菓子」(村岡総本舗発行)、「佐賀の甘味読本」(佐賀市発行)、
      「Travel & Life」2004年10月号(JTB印刷発行)
(取材協力)「活気会

宿場町に生まれた逸口香 <塩田>


商家や町家が並び情緒たっぷりの旧長崎街道。

西岡家住宅(国重要文化財)。事前に問合せて中の見学も可能。塩田町歴史民俗資料館TEL:0954-66-9130

西岡家のお隣で杉光陶器店(国登録文化財)を営む杉光和雄さん。ボランティアで西岡家の案内をすることも。
◆商都の情緒たっぷり〜長崎街道「塩田宿」
 温泉で有名な武雄・嬉野の隣に位置する塩田町。静かな田園風景が広がるこの町は、かつて県内屈指の「商都」でした。長崎街道の宿場町であり、運河として利用された塩田川とあわせて、水陸交通の要所だったからです。船からは主に天草陶石が荷揚げされ、有田・伊万里に馬車で運ばれ、「世界に誇る焼き物が生まれたのは、塩田のおかげ」と言われたほど。

 「呉服や下駄の緒、薬、鉄、焼き物など、いろいろな商家が連なって、昔は賑やかだったですねぇ」と話すのは、街道沿いで古くから陶磁器商を営む、大正生まれの杉光和雄さんです。

 「船で砂糖が運ばれてきよったけんね、お菓子屋も多かったよ」と言われるとおり、物流の拠点だった「塩田宿(しおたしゅく)」には砂糖も多く運ばれたそうです。慶応2(1866)年の街道図(塩田町役場蔵「伊藤家文書」)を見ると、「菓子ヤ善七」「饅頭ヤ兵吉」「飴ヤ傳吉」など数多くの製菓店の名前が記されています。

 こうしてお菓子文化が発展した塩田には、今でも「逸口香(いっこっこう)」「寿賀台(すがだい)」という伝統菓子が残っています。
 「昔、逸口香は高級菓子で、子どもはめったに食べられんやったね。寿賀台は『すがじゃー』て言うて、結婚式がある家に届けられて、入口に飾られよったよ。寿賀台の大きさや数で、その家の裕福さが分かったとたい」と、お菓子にまつわる思い出話も尽きません。


旧街道沿いには商売繁昌の神様であるえびす像が数多く立ち並ぶ。

「寿賀台(すがだい)」とも言われる「金花糖(きんかとう)」。上白糖に水を加えて沸騰させ、型に流し込んで固め、食紅などで着色する。おめでたい席に欠かせない縁起もの。馬場菓子店TEL:0954-66-4925




中は空洞ですが、黒砂糖やハチミツ、ゴマの風味が実にゆたか。10個入り500円(税込)。

販売所も兼ねた作業場。昔ながらの製法と手作りにこだわっている。

家族のあったかい人柄がおいしい隠し味。楠田製菓本舗TEL:0954-66-2315
◆その甘さは極上です〜逸口香
 佐賀を代表するお菓子「逸口香(いっこっこう)」は、江戸中期に中国から伝わったそうです。塩田では唯一の逸口香専門の製菓店となった「楠田製菓本舗」を訪ねました。

 楠田さんの逸口香は直径約8センチ、厚さ約1.5センチで、よそと比べて少し大きめです。一見するとドラ焼きのようですが、こんがり焼き色がついた表面はカリッと硬く、かぶりついてパリンと割れて出てきた中身は、なんと、空洞でした!

 作り方はざっと次のとおり。小麦粉に麦芽の水飴・水・ソーダを加えて練り上げた生地で、黒砂糖・ゴマ・ハチミツ・ソーダで作った餡(あん)をくるみ、せんべいのように平たく伸ばして、鉄板で焼き上げて出来上がり。生地は見事に膨らみ、中の餡は生地の裏側にぴったり張り付きます。

 逸口香は、実は最も作り方が難しいお菓子でもあります。
 「昔は菓子屋に弟子入りして、最中や羊羹はできても、逸口香ができなければ一人前じゃないと言われたとですよ」と2代目の邦雄さん。3代目の雄一郎さんも「その日の湿度や天気を肌で感じて、原料の調合を微妙に変えています」と話されるほど、職人の技や勘が大切なお菓子なのです。

 手間ひまがかかるため、今では逸口香を作る店は数少なくなりましたが、「伝統の味を守ってほしい」という人たちの声を受けて、楠田さん一家は逸口香を作り続けます。
 逸口香の中身は目には見えませんが、郷土の歴史と人々の愛着という特別なものが詰まっているんですね。

ちょっと寄り道

志田焼の里博物館でタイムスリップ
 1700年頃に始まった「志田焼(しだやき)」。長崎街道をはさんで、東山と西山に分かれ、東西の職人たちが腕を競ったそうです。この博物館は志田焼の工場をそのまま保存したもので、焼き物づくりの全行程が見学できます。
午前9時〜午後5時 ※毎週水曜・年末年始・お盆休館 観覧料300円 TEL:0954-66-4640

清く美しき小京都と羊羹 <小城>


須賀神社の長い石段を上ると町を一望できる。

参道沿いに江戸期に建てられた小柳酒造。酒蔵を活用しアート展などを開催する。

伝統の技と道具を使って、練り羊羹が作られていく(村岡総本舗にて)。

村岡総本舗の本店(写真手間TEL:0952-72-2131)と、レンガ造りの砂糖蔵を利用し羊羹資料館(8〜17時、無休)。
 塩田宿を出て、長崎街道を佐賀市に向かう途中で、ちょっと寄り道。佐賀市の西隣にある「羊羹の里」小城に立ち寄ってみました。
 小城市の北部エリアは、秀峰・天山に抱かれ、名水百選に選ばれた清水川と、初夏にホタルが乱舞する祇園川が流れる、清らかな自然に恵まれた場所。小京都とうたわれる町並みもあって、旅の情緒もたっぷりです。

 では、なぜ小城に羊羹が生まれたのでしょう?
 小城は、鎌倉・室町時代には千葉氏、江戸時代には小城鍋島氏の城下町として栄え、政治経済や文化の中心にありました。また、佐賀では良質の小豆が採れ、長崎街道もほど近いため、貴重品だった砂糖も比較的手に入りやすかったとか。そんな恵まれた条件の中、明治初期に「小城羊羹」が誕生。戦後まもない最盛期には、50軒を超える羊羹店でにぎわったそうです。
 
 町なかを歩いてみると、須賀神社のお膝元に、白壁とレンガ造りの風格ある建物を発見しました。そこは明治32(1899)年創業の「村岡総本舗」。昔ながらの手間ひまかけた製法で練り羊羹を作る老舗の製菓店です。
 
 原料は白小豆、いんげん豆、寒天、砂糖。これを練り合わせて、漆塗りの木箱で一昼夜寝かした後、1棹ずつ切り出して竹の皮に包んで、ようやく完成します。早速いただいてみると、色合いも甘さも上品な宝石のよう。しゃりしゃりとした表面の食感と、中の柔らかな舌触りもたまりません。それはまさに、清らかで美しい小京都の味わいでした。

ちょっと寄り道

楽しき発見!羊羹アラカルト

 昨年誕生100周年を迎えたJR小城駅の駅前通りから、須賀神社にいたる参道の一帯に、20数軒もの羊羹店が立ち並んでいます。お店ごとにアイデアを凝らした羊羹探しも楽しい!

風味のいい「バナナ羊羹」は甘味が苦手な人にも人気(大坪羊羹本舗)

「昔ようかん」は素朴なパッケージもうけて大ヒット(八頭司伝吉本舗)

イチゴからチョコレートまでオリジナル羊羹がいっぱい(水田羊羹本舗)

桜の花びらをモチーフにしたかわいらしい一口サイズ(村岡総本舗)

価格は一口羊羹1本105円から。右端は皇太子殿下もお召しになったという丹波大納言製小倉羊羹(村岡総本舗)

鍋島様の城下町と丸ぼうろ <佐賀市>


佐賀市城内に復元された、鍋島氏の居城・佐賀城本丸歴史館。

佐賀市の歴史を物語るエビス像。その数420体以上!一つの町にあるものとしては日本一の多さ。

一つの製菓店だけでもこんなに丸ぼうろのバリエーションが!(北島)
 かつて佐賀鍋島藩三十六万石の栄華を誇り、長崎街道の宿場町も置かれた佐賀市。
 その豊かな経済力によって、数々の文化が生み出されました。それは鍋島緞通や鍋島更紗、佐賀錦といった伝統工芸品だけでなく、「お菓子」という甘い甘い文化も。とりわけ焼き菓子の「丸ぼうろ」は、佐賀を代表する銘菓となり、今では老舗の菓子店からコンビニまでいたるところに並んでいます。

 丸ぼうろは450年以上前に、ポルトガルから長崎を経て、佐賀に伝えられたそうです。本来はポルトガル船員の保存食で、現在よりやや小さくて固く、クッキーのようだったとか。現在のように、しっとりやわらかい丸ぼうろが誕生したのは、明治になってから。鍋島藩の御用商家だった「北島」が、改良に改良を重ねて完成させたのです。

 基本材料は、小麦粉と砂糖と鶏卵。シンプルな焼き菓子なのに、店ごとに「オンリーワン」の味わいがあるから不思議です。たとえば「北島」では、小麦粉だけでも5種類をブレンド。材料の質や、その日の気候によっても微妙に配合を変えています。
 
「飾り気のない素朴なお菓子ですが、実は奥が深い。そこが佐賀人の気質に合うのでしょう」と北島の十二代目・香月道生さん。シンプルだからこそ、丸ぼうろは飽きないし、おもしろい!それが時代を超えて愛され続ける理由なのですね。

 「米麦が盛んに栽培された肥沃な大地と、鍋島藩の経済力があったからこそ、砂糖がもたらされた時に、佐賀では数多くのお菓子が作られ、庶民の文化として根付いた」と香月さん。
 豊かな自然と歴史、そして新しい文化を謳歌しようとする人々の気持ちがあって生まれた、佐賀のお菓子文化。「シュガーロード」は今なお、私たちに甘く幸せな時間を運んでくれるのです。


「それぞれのお店にこだわりがあるから、ぜひ食べ比べてください」と香月道生さん。

「活気会」が作った市中心街の甘味処マップ。食べ歩きに便利!


ちょっと寄り道

大正ロマンに包まれティータイム
 旧長崎街道が通る柳町界隈には、江戸〜大正期の建物が建ち並び、一般公開されています。なかでも、大正ロマンあふれる洋館「旧古賀銀行」には、レストラン&カフェ「浪漫座」があって、散策中のティータイムにぴったり!ピアノの生演奏なども楽しめますよ。
TEL:0952-22-6849佐賀市歴史民俗館

シュガーロード検定<回答&解説>

Q1 答え(1) さすがシュガーロードの王国!

Q2 答え(2) 江崎グリコの創業者・江崎利一は佐賀市蓮池町。森永製菓の創業者・森永太一郎は伊万里市の出身です。

Q3 答え(3) 佐賀は牡蠣(かき)の産地としても有名です。冬場になると有明海沿岸の道路には牡蠣焼きの屋台がずらりと並びます。

Q4 答え(2) 丸ぼうろの主な原料は卵・粉・砂糖ですが、お店によって味わいも食感も違います。ぜんぶ食べ比べてみる?

Q5 答え(3) 呼んで字のごとく「羊羹」は「羊の肉のスープ(羹・あつもの)」が起源。肉食を嫌った昔の人が、中国から入ったスープの具=羊の肉を植物性の原料で代用し、やがて具だけが残って、羊羹になったという説も。

Q6 答え(1) 食べてびっくり!とってもおいしい空洞でした。




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