歴史
 古くからアジア各国との交流が深い佐賀県。古くは弥生時代の遺跡を公園化した吉野ヶ里歴史公園や、焼失した佐賀城の本丸を復元させた佐賀城本丸歴史館など、壮大な歴史ロマンを体験できる施設が多々あります。
[A] 吉野ヶ里歴史公園(神埼市神埼町・吉野ヶ里町)
 吉野ヶ里遺跡は、神埼市、吉野ヶ里町にまたがる弥生時代の国内最大級の環壕集落跡です。2001年4月にオープンした吉野ケ里歴史公園は、広大な敷地を入口ゾーン、古代の森ゾーン、環壕集落ゾーン、古代の原ゾーンと4つのゾーンにわけられ、弥生時代を充分に体験できる空間となっています。
[B] 佐賀城本丸歴史館(佐賀市)
 佐賀県立佐賀城本丸歴史館では、日本の近代化を先導した“幕末維新期の佐賀”の魅力を分かりやすく紹介しています。
この佐賀城本丸歴史館は、幕末期の佐賀城本丸御殿の一部を忠実に復元し建てられた歴史博物館です。木造復元建物としては日本最大の規模を誇ります。建物周囲には、天守台、城堀、国重要文化財の鯱の門などの史跡もあり、当時の雰囲気を味わうことができます。
[C] 祐徳稲荷神社(鹿島市)
 日本三大稲荷に数えられる神社で、地元では「祐徳さん」の愛称で親しまれています。木々の緑に映える建物の鮮やかな朱色が印象的で、神殿、拝殿、楼門など主要建物は総漆塗りです。衣食住の祖神と仰がれ、五穀豊穣、商売繁盛、家運繁栄、大漁満足、交通安全などの守護神として信仰があつく、参詣者は年間280万人ほどです。
[D] 唐津城(唐津市)
 唐津市のシンボルともいえる唐津城は、慶長13(1608)年に築城されました。現在の姿は昭和41(1966)年に復元されたもので、5層の見事な天守閣が堂々とそびえています。この天守閣を鶴の頭に見立て、左右に広がる松原が、鶴が翼を広げた形に似ていることから、唐津城は別名舞鶴城(まいづるじょう)ともいわれています。
[E] 名護屋城跡(唐津市鎮西町)
 唐津市と玄海町に広がる国特別史跡「名護屋城跡並びに陣跡」は、豊臣秀吉による文禄・慶長の役(1592年〜1598年)の出兵基地です。半径3キロメートルの範囲にひろがるこの遺跡群は、全国から130を超える大名が集結し陣屋を構築して在陣したという、広域な遺跡群です。
名護屋城跡に隣接する名護屋城博物館は、「日本列島と朝鮮半島との交流史」をテーマに、現代までの数千年の交流を示す約220点の資料を常設展示室で展示し、今後の交流・友好の推進拠点になることを目指しています。
[F] 徐福長寿館(佐賀市)
今から2200年前、秦の始皇帝から不老不死の薬を探す命を受け、日本へとやってきたのが徐福です。徐福長寿館では徐福に関する展示を見ることができます。また薬用植物園もあります。
[G] 多久聖廟(多久市)
多久聖廟は、現存する孔子廟としては日本で最も古いもののひとつです。 廟内は、麒麟(きりん)、鳳凰(ほうおう)、亀竜、草木魚などの中国風の彫刻、朱漆をほどこした壮麗なもの。また廟内には孔子像と四哲の像が安置されてい
ます。孔子像は「聖龕(せいがん)」と呼ばれる八角形の厨子の中に納められています。この「聖廟・聖龕」は国指定の重要文化財です。
[H] 王仁神社(神埼市神埼町)
王仁(わに)とは、今から千数百年前、応神天皇に招かれて百済から多くの技術者をつれて渡来され、日本に初めて漢字の手本である「千字文」と儒教の原点である「論語」を伝えられた王仁博士ではないかと思われます。王仁博士の一行は朝鮮半島の南西端にある木浦の港から渡海されたと言われていますが、日本のどこに上陸されたかは記録にありません。
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