ココイコPLUS

白壁づくりの塩田津を歩く

嬉野温泉の隣に位置する嬉野市塩田町。ここは江戸時代に長崎街道の宿場町として栄え、また有明海の干満の差を利用した川港「塩田津」があり、物資の集散地でした。通りには今も白壁の大きな家々が立ち並び、一帯は「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されています。「うれしの あったかまつり」が開催中の嬉野温泉から「塩田津」へ足を伸ばしてみましょう。

※この情報は2014年1月時点のものです。

船が川を行き来し、川港として発展

 嬉野市塩田(しおた)町は佐賀県南西部に位置し、多良岳(たらだけ)山系のすそ野に広がるまち。三方を山に囲まれ、まちの中央部を塩田川が流れています。有明海へ注ぐこの川は干満の差を利用して船が行き来し、川港となったまちは「塩田津」と呼ばれて発展していきます。天草からの陶石がここで荷揚げされて有田町や伊万里市、波佐見町(長崎県)へ、帰りの船には米や やきものなどが積まれ、大川市を経て大阪などへ運ばれていったといいます。
 「塩田津」には廻船問屋や商家が立ち並び、周辺には和紙や鍛冶、石工の職人たちが住み、まちは大変賑わいました。


これが現在の塩田川。昔は「暴れ川」と呼ばれるほど氾濫の多い川でしたが、有明海が満ち潮のときに上流へ、引き潮のときに下流へ、船が行き来しました。自然の力を利用した先人の知恵に感心するばかりです。


西岡家住宅に展示している大正時代の写真。昔は天草からの陶石を塩田川沿いの水車陶土工場で粘土にして有田町などへ運んだとか。川沿いに多くの水車があり、窯元お抱えの水車、工場もあったそうです。


川に面する家々の裏側に「タナジ」と呼ばれる階段がついています。昔は水が綺麗で、川で野菜などを洗ったそうです。「川と生きたまち」らしさ、「石工職人のまち」らしさを感じさせます。

「町並み交流集会所」で地図をもらって散策へ

 「塩田津」は現在「重要伝統的建造物群保存地区」に選定され、廻船問屋だった「西岡家住宅」は国重要文化財に指定されています。保存地区は距離にして1kmほど。記者は「町並み交流集会所」で地図をもらい、ボランティアガイドさんに案内してもらいました。
 寺伝によれば、708年創建の常在寺(じょうざいじ)、1584年創建の立伝寺(りゅうでんじ)、1391年創建の生蓮寺(しょうれんじ)、1586年創建の本應寺(ほんのうじ)と古刹が並ぶ中、本應寺へ。町内の石工が手がけたという仁王像が山門で出迎えてくれます。広い境内に本堂や庫裏が威風堂々と建ち、圧倒されてしまうほど。それもそのはず、街道往来の幕府の役人や藩主の本陣とされたといわれています。


「NPO法人塩田津町並み保存会」ボランティアガイドの馬場清さんに案内してもらいました。2週間前に「町並み交流集会所」(TEL0954-66-3550)に予約すると、メンバーが案内してくれます(無料)。


「町並み交流集会所」の裏は御蔵浜と呼ばれ、荷揚げ場でした。建物は昭和20年代初期の旧検量所です。建物脇に計量器があり、船から荷を積みかえた車が荷を積んだまま計量できるようになっていました。


本應寺の山門と仁王像。昔は街道より参道入口に石橋があったそうです。石の階段や石畳には塩田産の石を使い、町内の石工職人が手がけたといわれています。


山門の先に本殿と庫裏が建っています。本殿も立派ですが、そのわきにそびえる楠も立派。桜やイチョウもあり、四季折々に美しい風景を見せてくれます。


建物が大きい上に、中はご覧のように金箔で美しく彩られ、圧巻です。別棟に藩主が泊まった「御成の間」があり、現在は茶室としても利用されています。


こちらは本堂の脇に佇む阿弥陀如来座像。塩田産の石を使ったもので、塩田石工の筒井幸右衛門の作ではないかといわれています。

当時の繁栄を今に伝える豪商の家々

 長崎街道だった道路沿いには、白壁の大きな家々が並びます。それらの多くは、幾度の大火と風水害に見舞われたためか、外壁を漆喰で塗り固め、居蔵家と呼ばれる瓦葺の造りになっています。
家々の一部は改修され、観光客に公開されています。その一つが1855年築といわれる西岡家住宅。大きな梁や柱、吹き抜けの座敷、組子の欄間、箱階段などに廻船業を営んだ豪商の当時の生活をうかがえます。
 隣接する国登録有形文化財の杉光陶器店は3階建ての大きな居蔵家。ここも1855年築といわれ、広い土間、天井の高い座敷、太い柱など、職人技の光る建物です。現在は陶器店となり、カフェを併設しています。
○西岡家住宅:現在、土・日曜10時~15時に公開しています。見学無料。
○杉光陶器店&カフェ: 8時30分~17時、コーヒー450円


手前が杉光陶器店、その隣が西岡家住宅。約160年前の建物で、その大きさに圧倒されます。


西岡家住宅の内部。玄関にすり上げ戸や持ち送りが残ります。裏側は川に面し、船から降ろした陶石を選別している様子が写真に残っています。現在、土・日曜に公開中。


杉光陶器店の本家はもともと窯元で、分家のここはその商品を販売する役目を担ったとか。現在は陶器店となり、佐賀県内の陶磁器や雑貨を販売。コーヒーやゆず茶なども提供しています。

馬鉄や軽便鉄道が通った旧長崎街道

 例えば佐賀市内の商店街を通る長崎街道は道幅が狭く、昔ながらの道という風情を感じさせますが、ここ塩田津を通る長崎街道は大変広いのです。なぜ、こんなに広いのでしょう?
 明治時代、もともとは狭い道だったのですが、家々を後方に引き下げて道を拡張したからです。祐徳稲荷神社付近から武雄市まで線路をつくり、荷台に車をつけて馬に引かせた馬鉄が通り、その後、軽便鉄道が走っていました。また、大正4年に県下で最初の電車が塩田から嬉野まで開通しました。やがて車の時代になり、船による運搬や軽便鉄道の運行もだんだん減っていきました。
 江戸時代から自家用車が普及する昭和40年代まで隆盛を誇った塩田津。今は静かなまちですが、町並みや家々にその名残をとどめています。


旧長崎街道は、明治時代後期に線路ができ、交通手段も馬が引く馬鉄から木炭バスへと移り変わっていきます。車が普及して新しい道ができると、ここ塩田津は静かになっていきました。


家の角や辻に恵比須像があります。これも塩田町の石工職人がつくったといわれています。佐賀では、恵比須さまの胸にある宝袋をなでるとご利益があると伝わります。恵比須めぐりも一緒にどうぞ。


ここは昭和15年の洋風建物。もともと消防団の建物で、現在も第一分団所として利用され、消防車が格納されています。


塩田津を一望できる高台にあり、地域一番の古刹の常在寺。708年、行基上人が開いたといわれ、後鳥羽天皇の勅願寺でもあります。


常在寺の石段中腹にある仁王像。高さは3メートル程と、大変大きな像です。彫刻も素晴らしく、塩田町の石工職人の傑作の一つといわれます。


「塩田津町並み交流集会所」のスタッフ。皆さん親切で丁寧に対応しています。「この他、周辺には和泉式部像や売茶翁ゆかりのお寺の跡があります。ぜひ足をのばしてみてください」。

嬉野温泉、武雄温泉で温泉三昧

 塩田津は、ゆっくり歩いて回りたいもの。できればたっぷり時間をとって出かけ、散策を楽しんだら、嬉野温泉や武雄温泉に泊まって温泉三昧しませんか。
 嬉野温泉では、2月16日(日)まで「第14回うれしのあったかまつり」を開催します。期間中は塩田津にも灯り作品を飾りますので、一緒にお楽しみください。嬉野温泉、武雄温泉の旅館・ホテルは各観光協会にお問い合わせください。
○詳細はコチラ→嬉野温泉観光協会ホームページ武雄市観光協会

DATA
塩田津めぐり
○お問合せ:塩田津町並み交流集会所(嬉野市塩田町大字馬場下甲694)TEL0954-66-3550
○時間:9時~17時
○交通:長崎道武雄北方インター、又は嬉野インターから車で約20分。JR肥前鹿島駅、又は武雄温泉駅下車~祐徳バス「嬉野市役所前」下車徒歩5分
○「第14回うれしのあったかまつり」
・期間:平成26年1月25日(土)~2月16日(日)
・期間中、塩田津の2カ所で灯りをともします。
 ※塩田津ミュージアム(10時~18時、火・水曜休み)、旧下村家住宅(10時~16時)
 ※旧下村家住宅で2月下旬~3月31日までおひなさま飾りをします(10時~16時まで)。地元のご家庭所有のおひな様を展示します。
・お問合せ:うれしのあったかまつり推進協議会(嬉野温泉観光協会内)TEL0954-43-0137
※参考:「あそぼーさが」の記事「あったかまつり開催中 バリアフリーの嬉野へ」

上にもどる